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9月22日(金)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第六条

一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

本日の歎異抄・第六条 講義文
言葉の上だけで、御同朋・御同行と人間の平等をいっているのではありません。親鸞聖人の場合は、阿弥陀仏が根源だからみんな平等なのだとおっしゃるのです。不平等の教えは、先生の念仏がよい念仏で、生徒の念仏が悪い念仏だという差別の考え方です。これは、阿弥陀仏のお心に背いているから間違っているのです。念仏は阿弥陀仏のご催促であり、ご信心は阿弥陀仏から直接にいただいたご信心ですから、みんな同じであって、平等なのです。それを信心が違うとか念仏が違うとか値打ちが違うとか、そのように考えるのは、阿弥陀仏のお心に背いているのです。

(如来よりたまわりたる信心 165頁4行目~165頁9行目)

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