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9月21日(木)毎朝のお経と法話の会

歎異抄


歎異抄・第六条

一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の 候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず 候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はば こそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し 候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つ くべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのある をも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざる ものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信 心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすも あるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩を もしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

本日の歎異抄・第六条 講義文
「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という言葉の中身は、阿弥陀仏から直接にいただいた信心であるから、信心の人はみな平等であると、このことを世の中において明らかにしていくことが仏教の仕事なのだということを、親鸞聖人は法然上人から受けられたのです。ですから親鸞聖人は平等の信心、如来よりたまわりたる信心ということを、繰り返し繰り返しいわれるわけです。男性が称えても、女性が称えても、金持ちが称えても、貧しい人が称えても、みな同じ念仏に変わりはない。本願念仏を信じる信心は、如来からいただいたものだ、だからみんな同じ信心なのだということを人びとに伝えることが、親鸞聖人の生き方です。

(如来よりたまわりたる信心 164頁後3行目~165頁3行目)

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